大阪の百済を訪ねる探訪シリーズ第三弾!

近つ飛鳥探訪
飛鳥の源流の地を訪ねる

아스카 기원을 찾아서

2007年11月3日

 

4日の遠つ飛鳥自転車巡りの模様

コースMap3日のレジュメ
(このページの情報を代用させてもらいました。)

4日のレジュメ

3日4日共通資料

4日の四天王寺ワッソの模様(ワッソのページ)

12月2日の猪飼野探訪会の模様

参加者アンケート

近つ飛鳥博物館(看板も何も無い外観)

 

15分ほど遅れて、9時30分ごろに天王寺駅をスタート!

天王寺駅のすぐそばにある旧「百済古念仏寺」こと統国寺に最初に立ち寄りりました。
統国寺には、朝鮮人殉難者の遺骨が安置されているので、希望者で慰霊をしました。

副住職が案内してくれました。
後ろの塀は、ベルリンの壁です。

お寺の後ろに絶景の庭があります。

 

入口の石碑に「百済古念仏寺」を一応説明

 

百済貨物駅にて

絵本作家の溝江先生がポーズ

 

●四天王寺の横を通って、林寺経由→百済貨物駅→百済橋→藤井寺(高速利用)→葛井寺・辛国神社の前を経由しようとおもったのですが、一本隣り道を走ったため、見えなかった。

なんとか野中寺の横を通ったけど、隣りの車には何も伝えることはできない。

百済貨物駅、百済橋で若干車を降りてみたけど、参加者に印象を残すことができないまま、時間が経過していく。

この辺りで頭の中は、真っ白な状態です。

時間に追われて、企画倒れの恐れが現実味をおびてきました。

焦る焦る!

   
 

誉田八幡宮に到着

この後ろが伝応神大王陵

誉田八幡宮の拝殿の説明。この説明書きに驚かされるところはないけど、本殿のすぐ隣りに小さな祠があって、その説明書きが下記のもの。

中部朝鮮の楽浪郡の文字が見えます。

 

 

この太鼓橋は、応神陵につながっており、明治以前は出入りが出来たし、古墳の上で祭事を行っていたようだ。

よって、誉田八幡宮の伝応神大王陵は深い関係にある事を察する事ができる。

菅原道真の祖は、伝応神大王陵のそばを本拠地にして土師氏(はじ)という渡来氏族である。

 

ここから一望できる風景が百済の昆伎王が居住した飛鳥の地

飛鳥の語源とされる安宿(あんすく)!

安宿(あんすく)→あすく→飛鳥(あすか)と転訛する過程である

「あすく」を用いた老人医療施設の看板が見える。

この地は、河内国安宿郡と定められていた地です。

参考

 

上ノ太子駅

上ノ太子駅の広場にある石碑を溝江先生が熱心に読んでおられます。

この碑には、下記のような文字が。
■二上山のふもと、竹内峠から流れる飛鳥川沿いの丘陵地帯が河内飛鳥の本拠地です。

古い歴史のあるこの地は、百済の王族(昆伎王)が5世紀末に居住し、古代の日本文化のふるさととなった所です。

この駅前の道が竹内街道であり、近くに飛鳥戸神社、河内飛鳥寺址、王陵の谷があります。

 

 

 

一面がぶどう畑で、ここが飛鳥千塚という古墳群です。

飛鳥戸神社

 

飛鳥戸神社から観音塚古墳への道すがら、飛鳥ワインの試飲会を実施!

焼き栗なども試食しましたよ。

観音塚古墳 

結構な急斜面を100mほど上ります。

 

観音塚古墳の石室を覗くことができます。

石室の中には何もありませんが、1500年以上前に造られたものと考えると感慨深い!

観音塚古墳からの景色

 

絶景です!

 

 

近つ飛鳥博物館 


古墳をイメージして造られた建物は重厚で存在感がある!この博物館は古墳群の中にあり、古墳をイメージしてデザインされたという。 

飛鳥時代の服装

     

左の人形の服装はチマ・チョゴリに似ています。

この女性たちの服装デザインは、
百済の影響を受けたデザインと推察されます。

 

この十三重の塔は、鹿谷寺の址の
十三重の塔のレプリカです。

我が子供たちも、結構喜んでくれました!

建物の屋上にあたる階段で、お弁当を食べました。このボリュームで500円。鶴橋駅前のみよちゃん弁当恐るべし!

 

「伝仁徳大王陵」 単独の前方後円墳ではなく、周辺に10以上の古墳に囲まれている。
見応え十分!


ここからは田毎(たごと)和尚さんに案内をして頂きました。

近つ飛鳥の百済を中心に、渡来人の史跡を回りたいというリクエストに答えてくれたのが、下記のものです。

よって、渡来人と関係あるということです。

 

小野妹子の墓

階段が急勾配です。

このお二人が参加してくれたことで、平均年齢がぐっと下がりました。

 

ここを上がってきました!


郷土史家でもある田毎和尚さんが、
お勧め頂いた小野妹子の墓です。

滋賀県にも、小野妹子の墓とされるものが
あるらしく、論争が起こっているらしい。

田毎和尚さんは親切に解説してくれました。

 

小野妹子が池坊の祖って知ってましたか?
43代目が石碑を建てており、毎年お参りに来るそうです。

やっぱり、こちらが本物かも!

鹿谷寺(ろくたにじ)


みんなで、てくてく登っていきます。

近つ飛鳥博物館のシンボルにもなっている「十三重の塔」です。当初、この塔を博物館に移設しようしたのですが、この塔は、下の岩盤と繋がっており、巨大な岩を削って造られたものなので、移設することができなかったとのことです。

塔の左右に岩があるのですが、仏様が彫られていますよ。

叡福寺(聖徳太子のお墓)

 

聖徳太子廟 三重の屋根が特徴的です。

実は、母親と奥さん(数人中の一人)が一緒に祀られているからだそうです。

カラフルでしょ!これが本当の色使い。

田毎和尚さんの話だと、この叡福寺の向かいにも、蘇我馬子の墓とされるものがあるそうです。

とっても興味深い!

当初はこの次に、河内源氏の墓を訪ねる予定でしたが、どうしても日が暮れる前の狭山池に行きたかったので、
田毎和尚さんとはここで分かれました。ほんとにありがとうございました。


日本最古のダム式貯水池「狭山池」


616年に百済系渡来人によって、造成された日本で
最初のダム式貯水池



このダムの場所に、ダムが造成されました。最初のものは確か6mくらいだったかな。

 



夜は、「キムチの壺」で打ち上げをしました。

高仁鳳さん、ホファピョンさん、猪飼野探訪会の姜代表も駆けつけてくれました。