下記のアドレスは仏教伝来を説明しているページです。
http://www.asuka-tobira.com/syotokutaishi/bukkyodenrai.htm
海柘榴市(つばいち)の説明がなされています。

海柘榴市の壁画
この海柘榴市を一つとっても、当時、水路が主な交通の手段だったことがわかります。
では、海柘榴市を現代の地図に置き換えるとこの辺りになります。
そして、百済大寺と百済大宮は百済川のほとりという記紀の記述を合わせてみます。
百済大寺は、その位置がほぼ断定されており、それが桜井市の吉備池廃寺の址とされているので、
すると百済川が猪飼津(生野区の猪飼野)を入口にして初瀬川までが旧百済川と推察することができますね。
それを参考に下記のようなMapを作成してみました。

これを踏まえて、「近つ飛鳥」と「遠つ飛鳥」の地名を考えると、「つ」を「津」と考えるとすべてが納得いく次第です。
しかし、この見解を確認したところ、「つ」は「の」の意味でしかないという答えを京都大学の名誉教授の意見を交えていただきました。
だけど、納得がいきませんね。
いままで、各地の行政機関の史書編纂質の研究員の方や、中には所長とも話したことがありますが、肝心の部分になると口を濁すというのが、私が感じている印象ですから、正直、そのまま信じることはできません。
古代史を検証するにあたっては特にです。